2015/06/19

もうひとつの桜桃忌

今日6月19日は太宰治の命日“桜桃忌”。
毎年ついうっかり忘れているのだが
今年は何度も三鷹に行く機会があり
その度に墓参りや住んでいた家、玉川上水などをめぐり
太宰治文学サロンにも足を運んだりしたので
心の片隅に桜桃忌を留めていた。

特に気になっていたのは
一緒に亡くなった山崎富栄さんのことだった 。
調べてみると都内にお墓があるというので
お墓参りに行った 。

地下鉄江戸川橋駅から程近い永泉寺という曹洞宗の寺院。
この奥の墓地に山崎家のお墓があるらしいのだが
そんなに多くない墓石の名前を一つ一つ探しても
なかなか見つからない。
そのうち雨が降ってきて、傘もささずに必死に探したが
どうしても見つからないので
お寺で聞いてみようか…と振り返ったその先に
「山崎家」の文字がどーんと飛び込んできた。
まるで目と目が合うかのようにその文字だけがくっきりと見えた。
どこの馬の骨かわからない奴が来たことを警戒していたけれど
どうやら冷やかしで来たのではないことを察し
ついに墓参を許してくれたように思えた 。

お墓には一週間ほど前に手向けられたであろうお花があり
枯れた花だけを掃除し、持参した小さなブーケを手向けた。
富栄さんの名前は一番手前にあるが、命日は刻まれていない。

手を合わせるときに、先ほど片付けた百合の黄色い花粉が
両手にくっついていることに気づいた。
払ってみたがどうしても取れず、黄色いままの手を合わせた。
「私のこと忘れないで」
と、消えない印を付けられたような気がした。

奇しくもこの日の朝、ピースの又吉さんの小説が
芥川賞の候補になったというニュースが飛び込んだ。
上京して住んだ三鷹のアパートが太宰の家の跡地で
そこで毎日太宰の小説を読みふけったという
そんな又吉さんに太宰が乗り移らないわけがない!
三島賞を逃したのも、芥川賞を取るためだったのではないか。
太宰が審査員の川端康成に泣きの手紙まで書いたのに
取り損なった恨みの芥川賞に
又吉さんの体を借りてリベンジしているのではないか。
そんな気がしてならない私は
富栄さんにも
「どうか芥川賞受賞に力を貸してください!」
とお願いをしてきた。

追記
お墓と目が会い、花粉が取れなかった話を
いつも行ってる整体の先生に話したら
「それってホラーですね!」と言われたよ(苦笑)。
ロマンある話のつもりだったんだけどなあ。
ちなみに我が家は全員ロマンスが大好きな
“ろまん燈籠一家”なので
母にはちゃんと通じましたとさ。

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